応援し警護しようという目的

アイドル親衛隊とは、一般の方から見るとアイドルの追っかけやファンクラブなどと、同じような分類に見えるかもかも知れません。

ですが、親衛隊は追っかけやファンクラブとは少し異なります。

追っかけやファンクラブなどと同じように、アイドルの応援活動を行うという事は同じですが、親衛隊の場合はそれに加えてアイドルの身辺護衛を行うという重要な役割があるのです。

そのようなアイドルの応援活動や身辺護衛を行う組織の事を「アイドル親衛隊」という名称で呼ばれています。

現在でもアイドルの親衛隊は存在していますが、アイドル全盛期とされています1970年~1980年代にかけてが多くの親衛隊が存在していました。

このアイドル全盛期の時代には数多くの親衛隊が存在していたため、それぞれの親衛隊グループ同士の争い事が絶えず起こっていました。

それを見かねたあるアイドル親衛隊のリーダーが、親衛隊グループ同士が争い事をするよりも一致団結となってアイドルを応援し警護しようという目的から「関東親衛隊連合」という連合が創り出されました。

その結果、親衛隊を名乗るには連合や同盟に加盟する事が義務付けられました。

この関東親衛隊連合という、それぞれのアイドル親衛隊の組織の方々が集結して創りだされた大きな連合は、全国に連合支部を持つほど大規模な組織だったそうで、最盛期には関東や関西の地域だけでも約2000人もの構成員が存在していたとされています。

ただ、組織内での上下関係は非常に厳しく定められていたそうです。

それでも、アイドルのコンサートなどでは関東親衛隊連合が中心となって組織的にアイドルの応援活動を行うなど、規模が大きくなるにつれて関東親衛隊連合という組織はアイドルにとってはなくてはならない存在となっていきました。

その延長線上で親衛隊の中には、アイドルの所属事務所に社員またはマネージャーの見習いとして、そのまま職に就いた親衛隊の方も存在していたそうです。

ですが、その反面に関東親衛隊連合の組織が大規模になった事によって、新たな問題も発生してきました。

関東親衛隊連合の幹部たちによる、人間関係などの問題が生じてしまい、組織内での派閥が起こってしまったのです。

派閥問題は良い方向へとは向かわず決裂してしまい、分裂という事態にまで陥ってしまいました。

その後、組織化した親衛隊グループは徐々に姿を消していき、その一方で上下関係や束縛を求めない一般の方が結成したグループが姿を現してきました。

それでも一部で親衛隊OBが復活し、現在でもアイドルの応援活動に力を注いでいる隊員も存在しています。